四季とロマンス

タイBLドラマとクィア・ロマンスのありか

男の子たちは優しい── タイBLドラマにおける、男子たちのフレンドシップとケア(2)ITSAYとIPYTM

『I Promised You the Moon』:
見たことのない男友達のシーンに胸を焦がす

(※本テキストは、『I Told Sunset About You』『I Promised You the Moon』のストーリーの詳細にも触れます。*1)

www.youtube.com

 タイのYシリーズ(BLドラマ)に登場する「友達」描写への愛を綴りたい…!と思って始めてみた当ブログ。書き始めたら前段が長くなってしまった(前回→こちら)のだけど、そもそものきっかけは『I Promised You the Moon』のEP.4を見たことだった。 

 こんなふうに男子たちの友情を描いたシーン、見たことがない。

 新鮮ではっとさせられる、そしてたまらなく胸が熱くなるシーンがあったのだ。 (*制作会社Nadao BangkokInstagramから少し見られます↓)
  https://www.instagram.com/tv/CQOb6KJr3ZH/?utm_source=ig_web_copy_link

 まずそこには、男の子たち5人が、間の詰まった川の字(+2名)状態で横たわっている。(就寝時のおそ松さん−1名とも言える)。そして真ん中で震えながら泣きじゃくる男の子に向かって、左右2人ずついる友人たちの手が優しく伸び、5人はぎゅっと抱きしめ合うようにしてそこにいる。4人は真ん中の子の肩をさすり、横顔を心配そうに見つめ、「もうあいつのことは忘れろよ」と慰めながら、いま自分たちが「ともにある」ということを、静かに、それでいて全身全霊で態度に示そうとしている。

 真ん中にいるのは水色のタンクトップを着た主人公のオーエウだ。高校時代から大学3年生になった現在まで付き合ってきた恋人のテーに別れを切り出したばかりで、深い悲しみと動揺を隠すことができない。その夜は友人のQ宅にいつもの友達メンバーで集まっていて、オーエウにはきちんとしたベッドのある寝室が当てがわれていたようだけど、ひとりで寝付くことができないオーエウはそこを抜け出し、友達が枕を並べて雑魚寝する布団の真ん中に身体を滑り込ませたのだった。

ITSAYとIPYTMは、友達描写が大きく違う 

 
 
 
 
 
View this post on Instagram
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

A post shared by Nadao Bangkok (@nadaobangkok)

www.instagram.com

 『I Promised You the Moon(IPYTM)』は、『I Told Sunset About You(ITSAY)』の続編にあたるドラマで、それぞれ5話ずつ、テーとオーエウの恋愛を描いた作品だ。ITSAYはふたりの故郷である美しいプーケットを舞台に、受験を控えた高校生の彼らが恋人になるまでの波乱が描かれる。いっぽうIPYTMは大学生になってバンコクに上京してきたふたりが、新しい環境に身を置き、それぞれが成長することで直面する、関係性の変化を軸にしている。
 類稀な映像美、そしてコメディ要素が控えめで主人公たちの微細な心理描写に迫った作風は、タイのBLドラマのなかでも異色の存在だ。

  上記に加えITSAYは、テーとオーエウを含む友達グループが頻繁に登場するものの、わちゃわちゃとした楽しいシーンはあまり重要視されず、オーエウに特別な感情を持っているバスという少年を除くと、ほかの友人たちの存在感が薄いことも特徴的だった。ライバルから親友、恋人へと移行していくテーとオーエウの激しい心理的葛藤が物語の中心をなし、テーとオーエウが互いに惹かれ合う前にそれぞれ好きだったターンとバス、そしてそれぞれの家族の関係性に焦点が当てられる。テーとオーエウが結ばれた時も、前回書いたような友人たちによる「承認」の描写は特に登場しない。それまで私が見てきた学生もののYシリーズとは、かなり違う感触が印象に残った。

 
 
 
 
 
View this post on Instagram
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

A post shared by Nadao Bangkok (@nadaobangkok)

www.instagram.com 
IPYTM、テーとオーエウが交流する友人・先輩たち

 いっぽうで『IPYTM』は、フレンドシップ・ドラマとしてのYシリーズの特徴を大いに携えた作品だ。Qをはじめとするオーエウの友達グループ、そしてテーを取り巻く人々(正確には友人ではなく先輩なのだが、かなり親しい関係性)がそれぞれ魅力的な個性を発揮する。

 そしてなんと最終話のEP.5には、ITSAYで重要な役割を担ったバスが再登場するほか、高校時代の友人たちが一斉に集まるシチュエーションが用意される。さらにSNSを介して大学時代の友人・先輩たちも見守るなかで、テーとオーエウのふたりの恋が再出発する。シリーズ2作に登場したすべての友人たちが、彼らの愛を祝福するというとても象徴的なカットを経て、物語はエンドロールを迎えるのだ。

 
 
 
 
 
View this post on Instagram
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

A post shared by Nadao Bangkok (@nadaobangkok)

www.instagram.com ITSAYは、オーエウに寄り添うバスの優しく清らかなキャラクターも大きな魅力

フレンドシップと「男性同士のケア」

 フレンドシップと書いたが、上述のEP.4のシーンはやはりその白眉だろう。思い切って言ってしまうと、現代におけるかなりイノベーティブな表現だと感じずにいられない。

 それは、昨今しばしばその重要性が語られる、「男性同士のケア」を体現したものだと思えたからだ。(*2)

 「男性同士のケア」が語られるとき、それは多くの場合、男性同士がお互いの「弱さ」を見せあったり語り合ったりすることで、「なんとか心が軽くなる」、ということをもっとしてもいいのではないか?という提案だ。その土台には、家事育児介護といった実務的なケア労働に加え、話を聞いたり慰めたり、時に自尊心を高めてあげる「感情面のケア」が女性にばかり求められるという、固定的なジェンダーロールへの問題意識がある。「女性は生まれながらに共感能力が高く、男性は体系化を得意とする」なんていう嘘っぱちの本質論がいまだに幅をきかせているし、「合コンさしすせそ」が女子小学生向けの本にまで紹介されている(*3)のが、残念ながら2021年の日本だ。

 そんななか、オーエウと友人たちは、優しさと思いやりを他者に注いだり、つらさや痛みへの共感によってつながることに、男女の生物学的な性差などないということを示してみせた、と言えないだろうか。

 もちろん、彼らが見目麗しい若者たちで、その傷つきやすい姿が視聴者の「まなざし」のために供されたものであるということは、当然、念頭に置いておくべきだろう。これはファンタジーで、ロマンティックなフィクションだ。

 それでも、この上質なドラマを見た人のなかに、男子同士の温かなケアがドラマで描き出されたという事実は残っていくだろう。そしてこのような描写はもしかしたらほかのドラマにも形を変えて受け継がれるかもしれないし、それを見た視聴者の経験は、それぞれが生きる現実をもじわじわと変えていくかもしれない。フィクションにはそういう力と希望がある。

 彼らは彼らで、うまくやっているよ。ミソジニーにもホモフォビアにも染まらずに、弱さと強さを少しずつ持ち合いながらね。
 そんな関係性が可能であると、Yシリーズの愛すべき「友達」たちが示してくれるたび、私は安堵し、胸を高鳴らせる。そして、恋に忙しい主人公に代わって、「いつもありがとな」とつぶやきながら、彼らを見つめるのだ。

 

🌺🌺 🌺🌺 🌺🌺

*1──『I Told Sunset About You』『I Promised You the Moon』は大傑作なのでBLファンにもそうでない人にもぜひぜひ見て欲しいのですが、視聴環境がハードル高くておすすめしづらい状態が続いておりました(涙)。
でも『I Told Sunset About You』は楽天TVで日本語字幕付きで配信開始されました。(2021年9月1日より) 

tv.rakuten.co.jp

『I Promised You the Moon』は、2021年9月6日現在、公式のvimeoのみだと思われます。英語・中国語字幕。

 

vimeo.com

日本語字幕は、今冬WOWOWで配信予定。

【放送決定!】タイドラマ「I Promised You the Moon ~僕の愛を君の心で訳して~」|番組インフォメーション|WOWOWオンライン

 

f:id:Shiki_to_Romance:20210906044021j:plain

サントラ、OSTが素晴らしいのも本作の推しポイント。

Amazon Music - Vichaya VatanasaptのI Told Sunset About You (Original Score) - Amazon.co.jp


*2──男性同士のケアや、ミソジニーの問題については、ケイト・マン『ひれふせ、女たち:ミソジニーの論理』』(小川芳範・訳、2019年、慶應義塾大学出版会)、西井開『「非モテ」からはじめる男性学集英社、2021年)などを興味深く読みました。

 

こちらの記事も参照:白岩玄×清田隆之 「「男性らしさの規範」から抜け出すと“負け犬”になってしまう問題」「&M」 

https://www.asahi.com/and/article/20181031/157219/

*3──『おしゃカワ! ビューティー大じてん』2018年、成美堂出版。問題点はこちらの記事なども参照:太田啓子「小学生女子までからめとろうとする呪いの言葉「合コンさしすせそ」」 「プレジデント ウーマン」

https://president.jp/articles/-/40535

 

 🌺🌺 🌺🌺 🌺🌺

読んでくださった方、本当にどうもありがとうございます!! 
もしシェア、ブックマーク、いいな、コメントなどしてくださったらとっても励みになります🙏🙏🙏